― 主訴から逆引きする見逃し予防ノート ―
00 CONCEPT
オンコロジックエマージェンシー(oncologic emergency)は、早急に対応しなければ不可逆的な機能障害や生命危機につながりうる、がん関連の緊急病態である。教科書的には、腫瘍による圧迫・閉塞、代謝・内分泌異常、治療関連合併症、がん関連血栓塞栓症などに分類される[1]。
しかし救急外来や当直の現場では、患者は「脊髄圧迫です」「高Ca血症です」「腫瘍崩壊症候群です」と来院するわけではない。多くは、発熱、息切れ、腰痛、食欲不振、腹部膨満、せん妄といった“よくある症状”として現れる。
本稿では、疾患名からではなく、最初に見える主訴から逆引きして、見逃したくない病態を拾うことを目的に整理する。
01 SYMPTOM MAP
頻度順のランキングではなく、救急外来で目の前に見える入口から考える。最初の数分で「普通の症状」に見えても、以下の病態を同時に想起する。
| 主訴・状況 | よくある原因 | 隠れているオンコロジックエマージェンシー | 初動で確認 |
|---|---|---|---|
| 発熱 | 肺炎、尿路感染、胆管炎、薬剤熱 | FN、敗血症、閉塞性感染、DIC、ICI関連CRS/HLH | 好中球数、培養、感染巣、ICI歴、ステロイド歴 |
| 呼吸苦 | 肺炎、胸水、貧血、心不全 | PTE、心タンポナーデ、SVC症候群、気道狭窄、ICI肺炎 | SpO₂、造影CT適応、心エコー、顔面浮腫、頸静脈怒張 |
| 意識障害 | せん妄、感染、脱水、薬剤性 | 高Ca血症、低Na血症、脳転移、がん性髄膜炎、ICI脳炎、副腎不全 | Ca、Na、血糖、頭部画像、ACTH/コルチゾール |
| 腰背部痛 | 骨転移痛、筋骨格痛 | 脊髄圧迫、病的骨折、馬尾症候群 | 麻痺、感覚障害、膀胱直腸障害、MRI |
| 腹痛・嘔吐 | 便秘、胃腸炎、腹水、麻薬副作用 | 消化管閉塞、穿孔、出血、胆管炎、尿路閉塞 | 腹膜刺激症状、CT、黄疸、Cr、水腎症 |
| Cr上昇 | 脱水、薬剤性腎障害、感染 | 尿路閉塞、TLS、高Ca血症、閉塞性腎盂腎炎 | 尿量、K/P/尿酸、Ca、LDH、腎エコー/CT |
| 出血・紫斑 | 血小板減少、抗凝固薬、腫瘍出血 | DIC、消化管出血、喀血、膀胱出血 | Plt、PT-INR、Fib、FDP/D-dimer、出血源 |
02 FEVER
発熱性好中球減少症(FN)
「白血球数」ではなく「好中球数」を確認する
抗がん薬治療中の発熱では、まず直近の治療日と好中球数を確認する。FNは感染巣がはっきりしないことも多いが、初期対応が遅れると敗血症へ進展しうる。IDSAガイドラインはFNの初期評価、リスク分類、抗菌薬治療の基本を整理している[2]。
初動で見る項目
閉塞を伴う感染症
胆管炎・閉塞性腎盂腎炎・無気肺後肺炎
がん患者の発熱では、感染症そのものに加えて「腫瘍による閉塞」が背景にないかを確認する。胆道閉塞に伴う胆管炎は敗血症へ進展しやすく、Tokyo Guidelines 2018では重症度に応じた初期治療と胆道ドレナージが重視される[4]。
DIC・血栓・腫瘍熱
「感染症らしくない発熱」でも採血の変化を見る
発熱に血小板低下、FDP/D-dimer上昇、フィブリノゲン低下、PT延長を伴う場合はDICを考える。腫瘍熱は鑑別に挙がるが、救急外来では感染症、閉塞、血栓、irAEなどの危険な病態を先に評価する。
03 DYSPNEA / CHEST SYMPTOMS
肺血栓塞栓症(PTE)/ VTE
肺炎や胸水があってもPTEを除外したことにはならない
がん患者はVTEの高リスクであり、ASCOガイドラインでも予防・治療の対象として重視されている[5]。PTEは呼吸苦だけでなく、胸痛、頻脈、失神、発熱、倦怠感のみで現れることもある。
心タンポナーデ・SVC症候群・気道狭窄
胸部聴診だけでなく、顔・頸部・循環を見る
悪性心嚢液では頻脈、息切れ、起座呼吸、血圧低下、頸静脈怒張を来しうる。SVC症候群では顔面頸部腫脹、頸静脈怒張、上肢浮腫、嗄声、仰臥位で増悪する呼吸苦が手がかりになる。中枢気道狭窄では喘鳴を喘息だけで説明しない[1]。
悪性胸水・ICI肺炎・がん性リンパ管症
胸水があっても、それだけで説明しない
悪性胸水は頻度の高い呼吸苦の原因である。ただし、胸水が存在してもPTE、肺炎、心タンポナーデ、ICI肺炎が併存することがある。免疫チェックポイント阻害薬使用中の呼吸苦では、感染症評価と並行してICI肺炎も考える[6,7]。
04 DELIRIUM / FATIGUE
悪性腫瘍関連高Ca血症
“なんとなく元気がない”の裏にある代謝性エマージェンシー
高Ca血症は倦怠感、食欲不振、便秘、口渇、多尿、眠気、せん妄、意識障害として現れる。Endocrine Societyガイドラインは、悪性腫瘍関連高Ca血症に対し、輸液などの初期対応に加えてデノスマブまたは静注ビスホスホネートを用いることを推奨している[8]。ただし、デノスマブは有効な選択肢である一方で高額であり、実臨床では腎機能や重症度を確認しながら、ゾレドロン酸などの静注ビスホスホネートを選択することも多い。
低Na血症・副腎不全・脳病変
せん妄で終わらせない
低Na血症は悪心、頭痛、混乱、けいれん、昏睡を来す。SIADH、脱水、薬剤性、副腎不全を鑑別する。ICI使用中またはステロイド減量中では、下垂体炎・副腎不全、ICI脳炎も考える[6,7]。
意識障害で最低限拾いたいもの
05 BACK PAIN / GAIT DISTURBANCE
転移性脊髄圧迫(MSCC)
神経症状を伴う腰背部痛は、MSCCとして扱う
がん患者の背部痛・腰痛では骨転移痛が多いが、脊髄圧迫を見逃してはいけない。一方で、救急外来で「がん患者の腰痛」をすべて緊急MRIに回すことは現実的ではない。カットオフは、痛みそのものではなく、神経症状の有無、症状の進行速度、痛みの性状で考える。NICE NG234は、脊椎転移・MSCCの認識、紹介、画像検査、治療を扱い、早期診断により神経障害を防ぐことを目的としている[9]。
緊急度が高い:当日MRIと専門科相談を強く考える所見
MRIを撮るなら:原則は全脊椎スクリーニング
06 ABDOMINAL SYMPTOMS
消化管閉塞・穿孔・出血
便秘・食欲不振・麻薬副作用に見える
腹膜播種や消化管腫瘍では、悪心、嘔吐、腹部膨満、排便・排ガス停止として消化管閉塞が現れる。消化管穿孔は急激な腹痛、腹膜刺激症状、発熱、ショック、free air、乳酸上昇などが手がかりである。出血では黒色便、血便、吐血、貧血進行、抗凝固薬内服を確認する[1]。
胆道閉塞・胆管炎
抗菌薬だけでなくドレナージが必要なことがある
膵胆道癌、胃癌リンパ節転移、肝門部病変などでは胆道閉塞を来す。発熱、黄疸、腹痛がそろわないこともあるため、発熱+肝胆道系酵素上昇では胆管炎を疑う。Tokyo Guidelines 2018では重症度評価と胆道ドレナージの重要性が整理されている[4]。
悪性腹水・腹膜播種
腹部膨満を「腹水だけ」と決めつけない
悪性腹水は腹部膨満、食欲不振、息苦しさの原因となる。一方で、腹水増加の背後に腸閉塞、胆管閉塞、尿路閉塞が隠れていることがある。腹部膨満が急に悪化した場合は、画像検査で閉塞や穿孔を確認する。
07 RENAL / METABOLIC
尿路閉塞・腎後性腎不全
脱水だけで片付けない
骨盤内腫瘍、後腹膜リンパ節転移、腹膜播種では尿管閉塞による腎後性腎不全が起こる。Cr上昇、尿量低下、発熱を見たら、腎エコーまたはCTで水腎症を確認する。閉塞性腎盂腎炎ではドレナージが必要になる。
腫瘍崩壊症候群(TLS)
救急外来よりも、治療開始後・入院中のモニタリングで拾うことが多い
TLSは腫瘍細胞の急速な崩壊により、高尿酸血症、高K血症、高P血症、低Ca血症、腎不全、不整脈、けいれんを来す病態である。典型的には、血液腫瘍や高腫瘍量・高感受性腫瘍の治療開始後に、入院中の採血モニタリングで検出されることが多い。一方で、外来治療後のCr上昇、尿量低下、高K血症、けいれん、不整脈として救急外来に現れることもあるため、治療開始直後の患者では鑑別に残す。HowardらのレビューはTLSのリスク評価、診断、予防、治療を整理した代表的文献である[10]。日本臨床腫瘍学会のTLS診療ガイダンスもリスク別対応を示している[11]。
TLSを疑ったら確認
08 BLEEDING / COAGULATION
DIC・腫瘍出血・血栓塞栓症
DICと出血源の評価を並行する
がん患者では腫瘍出血、骨髄抑制、抗凝固薬、肝障害などにより出血症状を来す。血小板低下、PT延長、FDP/D-dimer上昇、フィブリノゲン低下を伴う場合はDICを考える。吐血・黒色便・血便など消化管出血が疑われる場合は、出血源の同定や消化器内科での内視鏡治療・IVRの適応判断につなげるため、全身状態と腎機能を確認しながら造影CTを検討する[1]。
確認したい項目
09 IMMUNOTHERAPY ERA
敗血症に見えるirAE
感染症対応を止めずに、irAE評価を並行する
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の普及により、救急外来での見逃しパターンは変化した。発熱、ショック、低酸素、意識障害、肝障害、DIC様所見、フェリチン高値は敗血症に似て見えるが、ICI関連CRS/HLH様病態、心筋炎、脳炎、肺炎、内分泌障害の可能性もある。ASCOおよびESMOのガイドラインは、ICI治療中の新規症状ではirAEを念頭に評価することを示している[6,7]。
10 BEFORE DISCHARGE
すべての患者に全項目を行うという意味ではない。帰宅判断の前に「考えたか」を確認するための安全確認リストである。
REFERENCES